dellblorin日記

袖擦り合うも他生の縁

遺伝と平等 読書メモ

紹介文
遺伝とはくじ引きのようなもの――だが、生まれつきの違いを最先端の遺伝統計学で武器に換えれば、人生は変えられる。〈遺伝と学歴〉〈双子〉の研究をしてきた気鋭の米研究者が、科学と社会をビッグデータでつなぎ「新しい平等」を指向する、全米で話題の書。サイエンス翻訳の名手、青木薫さんも絶賛する、時代を変える一冊だ。

行動遺伝学の最新の知見を紹介した本。以下、印象深かった部分をメモ。本書ではアウトカムを成り行きと訳すことが多いが違和感が強い。結果と読み替えた方が自然に読める。

貧しい家の子は老いやすい

著者の研究室の調査によると、低所得で貧しい地域に育った子供は、8歳の時点で生物学的年齢の重ね方が早い科学的根拠有り。

「金持ちが天国に入るのは駱駝が針の穴を通るより難しいかもしれないが、金持ちには、裁きの日を先送りできるという慰めがある」

GWASとポリジェニックスコアとは

GWAS(Genome-Wide Association Study)は、多くの人々の遺伝子を調査し、遺伝子と特定の特徴や疾患との関連性を見つける研究手法。例えば、ある遺伝子が特定の病気のリスクを高める可能性があるかどうかを調べることができる。これには大規模なデータセットが必要で、数千、数十万、またはそれ以上の人々の遺伝子情報が必要。

ポリジェニックスコアは、複数の遺伝子座(遺伝子の位置)から得られた情報を組み合わせ、ある特定の特徴や疾患のリスクを評価する指数。これは、GWASの結果を元に計算され、個々の遺伝子の影響を合計することで得られる。

GWASは多くの遺伝子と特定の特徴や疾患の関連性を見つけるための研究方法であり、ポリジェニックスコアはその結果を使って個々人の特徴や疾患のリスクを評価する指数。

遺伝研究におけるヨーロッパ中心主義

現在のGWAS研究のほとんどは、遺伝的祖先がヨーロッパ系の人を対象に行われれた結果。そのまま別人種に当てはめられるわけではない。

自由や機会の無い悪平等の環境が最大の平等を生む

旧ソ連構成国は教育にも就職にも自由や競争が無かった。その後ソ連が崩壊し、誰もが学校や職業を選べるようなると競争原理が発生した。
エストニア旧ソ連構成国)には、エストニア・ゲノムセンターという全国民の大規模な遺伝子データベースを持つ施設がある。イギリスの遺伝学者達はそのサンプルを用い、ソ連の占領(共産主義)が終わった時点で10歳未満だった人達と、それ以外の人達について調査した。その結果、ソ連時代以後に教育を受けた人達は、そうでない人達と比べ、学歴ポリジェニックスコアで説明できる学歴の偏差が大きかった。つまり、選択も競争も無い環境では、遺伝子の影響は弱められる。反対に誰もが自由に教育(学校)も職業も選べる開かれた環境では、他の障害が無い分、個人の遺伝子の影響が強く顕在化する。

ちなみに、アメリカはチャンスの国(アメリカン・ドリーム)と思われているが、実は社会的流動性が低い国。これはセーフティーネットが脆弱だからで、そういった国では遺伝の影響は抑えられている(アメリカは27位、日本は15位)。共産主義国のように自由や機会が無い世界、貧困、差別、抑圧的な政策などが蔓延る最も望ましくない世界ほど、個人の遺伝子が生かされず、結果、平等になる。

Global Social Mobility Index - Wikipedia

遺伝子編集により人間を賢くするのは不可能

知能テストの成績や学歴などに関する遺伝的構造は複雑。小さな効果と未知のメカニズムを持つ、何千何万という遺伝的バリアントが絡む。さらにそういった遺伝的バリアントは、社会的に忌避される要素にも影響する。例えば学歴の高さに関連する遺伝的バリアントの多くは、統合失調症のリスクとも関連している。ゲノム編集によりIQを高めるのは、現時点で科学的に不可能。

国の介入が常に公平性を推進するとは限らない

公平を実現するための介入が、人々の遺伝的差異を増幅させることがある。タバコは健康を害するとして各国で規制や重課税が行われてきた。それにより1960年代以降、喫煙者は半減。だが、タバコへの課税による禁煙効果が、最も有効に作用したのは、タバコ依存症の遺伝的リスクが最低の人達だった。一方、タバコ依存症の遺伝的リスクが最高の人達は禁煙できず、健康被害と懲罰的なタバコ料金の二重の負担に苦しんだ。介入がマタイ効果(豊かな者はより豊かに、貧しい者はより貧しくなる)を生み格差を広げたという。

教育への介入はほとんど失敗している

教育の世界では様々な介入が行われてきたが、ほとんどは失敗。米国教育省の教育科学研究所(IES)が監修している、何が教育に有効かというオンライン情報サイトには、IESが実施したランダム化比較実験に関する報告がある。以下、引用。

「これらIESにより行われた研究の結果には、明確なパターンが認められる。評価の対象となった介入の大部分は、学校で普通に行われている実践と比べて、ほとんど、ないし全く効果が無かったということだ」

慈善組織ローラ&ジョン・アーノルド財団(現在はアーノルド・ベンチャーズ)による報告では、

「真に効果があることが明らかになった介入も僅かながらある。……しかし、そういう介入は、はるかに大きなプールを検証する過程で見つかった例外にすぎない。当初の研究では有望とみられていた介入まで含めて、介入の大半は、効果が小さいか、効果が全く無いことが明らかになった」

犯罪傾向にも遺伝が関係している

攻撃性や暴力性は遺伝子の影響があるという科学的根拠がある。子供時代に始まる行動障害、物理的攻撃性、冷酷さ、配慮の無さなどは、子供時代には高い遺伝率(80%より高い)を示す。

さらに、子供時代の衝動的行動や危険行動(ADHDの症状、多数の相手との性交、アルコール関連問題、マリファナ摂取など)についても、そういった遺伝的傾向を持つ人は、持たない人と比べ重罪を犯す可能性は4倍以上高く、投獄される可能性は約3倍高い。

最終学歴は誕生時のくじの結果

ある古典的研究では、誕生後すぐに引き離され別々の家庭で育った双子がいる。この双子の知能テストの得点差の平均は、1人の人物が知能テストを2度受けた時の得点差の平均とほぼ同じだった。さらに、一緒に育てられた一卵性双生児の人生を追跡すると、同じ両親のもと、同じ地域、同じ遺伝子を持って同時に人生を踏み出した人達が、異なる学歴を持つのは稀。大学入試でほぼ同じ得点を取り、最終学歴もかなりの程度まで同じ。

遺伝と環境、両方の影響があるにせよ、この2つを誕生時のくじ(遺伝くじと自然くじ)と捉えると、人生は誕生時のくじで多くが決まっており、人が自分の意思でどうにかなる領分(自己責任)は驚くほど小さい。

知能テストは人そのものの価値は測れない

知能テストは優生学推進者達により、人の生まれながらの価値を判断するもとのされた。それは人種差別的で階級差別主義的な社会を正当化する便利な言い訳。知能テストは、

「ある人物の価値を教えるものではないが、価値があるとされる何かを、その人が行えるかどうかなら教えてくれるのである」