dellblorin日記

袖擦り合うも他生の縁

わんちゃ利兵衛の旅 感想

本書は堀江利兵衛という、かつてテキヤとして茶碗売りをしていた老人の人生を記した本。元は1984年に出版され、40年の時を経て文庫本として復刊した。前半は利兵衛の回顧録で、後半は著者がその周辺の人々の取材を通して、テキヤ業界の内実(当時)が解説される。

本書には複数のバサ(口上)が紹介されているが長いため書かない。気になる人は本書を読んでいただきたい。ちなみに、現代日本人にとって最も知られたバサは映画「男はつらいよ」の寅さんのバサだろう。だが、あのバサはヤホン(古本)のバサであり、寅さんはどんなネタ(商品)でも同じバサを使うため考証に問題があるようである。本書に登場するテキヤ曰く、もうバサなんて20年前にやらなくなったという。最初の出版が1984年なので60年頃にはバサウチは終わっていたらしい。男はつらいよの第一作は1969年公開のため、その頃にはもうバサウチは多くの人にとって記憶の中の存在だったようである。

以下、印象に残った部分をメモする。

口上(バサ)の構成

バサにはダレ口上(前段)、コマセ(中段)、本バサ(後段)に大別できる。ダレ口上はつかみであり客の注目を集める部分。茶碗なら素地の白さや絵柄についての解説が挿入される。ネタ(商品)毎に別の口上がある。

コマセは特定の人(そこのお母さん等)に対して口説いていく。内容は場所ごと客ごとに変化し、簡単にすませる場合と執拗に口説き続ける場合がある。誰をコマセの対象にするかで、よく売れるかどうかが決まるという。

普通は買ってくれそうな女の客をコマセの相手に選ぶ。それには足元を見る。つま先が品物に向かって真っ直ぐに立って動かない人ならコマセやすい。所謂スケコマシの場合は、足を組んだり外したりして不安定な女性の方がコマセやすいという。しかし、バサウチの場合、足元の安定した女性の方がその可能性が高いという。小さな町や村でバサを打つ時は、その土地のボス的存在の女性をコマセの対象とする。女性特有の自尊心、虚栄心、名誉欲などを言葉巧みにくすぐるのだそうで、そのあたりの機微を感知する能力もバサウチには要求される。

本バサは客の気持ちが動きかけた時、すかさず値段を叩いて落としてゆく。そのため値段バサともいう。その時、頃良い間合いで手を叩く。そのパンパンという音が大きくはっきり響かなくてはならない。簡単なように思えても素人では及ばない。音を聞けば筋金入りのバサウチかどうか分かるという。手を叩く代わりに竹や鞭で箱を打つ方法もある。これを箱バサといい、以前はりんご箱がよく使われた。箱バサは九州方面のバサウチが多様し、バナナのたたき売りはこれを基調としている。

本バサの段階で客から「買った」という声がかからないと打ちにくい。それも、予め腹積もりにしている値段に近いところでの声でないと納めにくい。高い値段のところで声がかかればいいわけではない。高値が前例となれば後に続いて売れなくなる。客からまだ高い値段のところで「買った」と言われたら、「待った! 慌てる乞食は貰いが少ないぞ」などと返して、さらに値段を落としていく。

売れなかった時(声が掛からなかった時)は、そのネタ(商品)はひとまず流す。その時は「えらい渋いなあ、ここは貧乏村の空在府(空財布)か」などという捨て台詞を吐いておく。声が掛からないからといって黙って商品を片付けたのでは場が白けるし、捨て台詞で客の闘争心が喚起されれば次に繋げるだけ儲けものだからだ。ちなみに、予め決めていた売値に落としていくのをオトシマイをつけるといい、落とし前はこれが訛ったもの。

最後にアイキョー(愛嬌)を撒く。主に買った客に対する愛想だが、普通の商売と違い、必ずしも謝礼やお世辞を言うわけではない。どちらかといえば皮肉を込めて冷やかす。例として、燗徳利を買ってくれた婦人に対しては、「あんたは後家さんか、長い間本望をとげる機会がなかったろうが、たまにはこんなもんででも本望をとげてみねえ」など。それで客が湧けばしめたもの、客との気持ちの交流ができる。

皿数のごまかしの手口

昔の茶碗テキヤは皿などの数をごまかして(数枚少なくして)売っていた。例えば30枚売ったように見せかけて、後で数えると28枚しかないなど。

まず小皿を表に10枚等間隔に並べる。さらにその縁に重なるようにもう10枚を裏向きに並べる。皿が表と裏の2列となる。そしてバサを打ちながら脇からもう3枚を取って追加する。追加の仕方は整然と並んだ皿の上にガシャンと無造作に置く。さらにもう3枚をガシャンと加える。最初の20枚はすっかり崩れ、正確な数は判別不能となった。値段は20枚のまま据え置き、すかさずまだ買わんのかと今度は4枚をガシャーン。そこで「買った」と声が掛かり「売った」と応える。そこで即座に皿の下に敷いていた新聞紙で素早く包み客に押しやる。だが、家に帰って数えてみると28枚しかない。

テキヤは前掛けをして立て膝で座る。右手で追加する皿を持ち、投げるように荒っぽく置く。その瞬間、前掛けの下から左手を出して近くの皿を引く。前傾姿勢とガシャンという音がその動作を隠すことになる。これがタネだ。

昔はこういったごまかしがよく行われていた。そして客は今と違いそれを楽しむなど鷹揚なところがあった。茶碗屋の手品をどうしても見破ってやると、むきになって買い続ける客もいたという。買って数を数えて「またやられた」と言って溝の中に全部叩きつけてから「もういっぺんやってみてくれ」と、そんな客がいた時代だったという。だが、今(といっても1984年当時)の客は賢くなって、「わしらのやりとりをバカになって楽しんではくれんで...」という。

アキンドという言葉の由来

昔は漁村は魚を、農村は穀物を物々交換していた。海彦山彦の伝説もそれを物語っている。漁民は秋の収穫期になると海の幸を持って農村へ向かう。農村からすると秋に漁村からの交換人が多く巡ってくることになった。そこで、秋人(あきびと)という言葉がアキンドという呼称を生んだ、という説があるという。

ルポ歌舞伎町 ホストクラブの裏側とスカウトの実態

「ルポ 歌舞伎町」を読了。面白かったところ、気になったところをメモしておく。

ホストクラブのお酒の相場

歌舞伎町の或るホストクラブでは、提供する酒は原価7%が基本。7万円で仕入れたら100万円で売る。高級ブランデーとして知られるヘネシー・リシャールは、1本40万円であれば500万円以上で提供する。それでいて開封はさせないし、持ち帰らせもしない。未開封の酒は、別の日に再び売られる。

ホストのバック率と最低保証

ホストのバック率は、客が100万円使った場合、45万円がバックとなる。昔はもっとバック率は低かったが、大手グループの台頭により、プレイヤーファースト(ホスト)の給与体系が広まったという。

歌舞伎町のホストクラブは最低保証があるのがほとんど。例として1日7000円。月25日出勤すれば何もなくとも月収17万5000円となる。

ヤクザのケツ持ち

ホストクラブはヤクザのケツ持ちがあるのが普通。みかじめ料の相場はバーは大体3万円、ホストクラブは5〜10万円。現在は昔ほど歌舞伎町も荒々しくないため、効果があるのかは疑問であり、ケツ持ちのないホストクラブもあるらしい。

ホストとスカウトの結託

ホストとスカウトが結託して女性を食い物にする場合がある。ホストの客に風俗で働こうとしていたり、今の風俗店に不満がある女性がいたら、その情報をスカウトに流してバックを受け取る。

ネットスカウトの実態

今どきの風俗のスカウトは、路上だけでなくネットを使って女性を確保している。Xには顔出ししていない風俗嬢を名乗るアカウントが無数にあり、風俗嬢の日常を面白おかしく綴っている。そういったアカウントにはスカウトが担当風俗嬢にバイトとして運営させているものが多い。さらに、人気アカウントをスカウトが買い取ることもある。買い取っても元の持ち主の風俗嬢にお金を払って運営を頼む。1人で1アカウントに付き月額1万5000円で4つ運営していた風俗嬢もいるという。このようなことをスカウトがさせるのは、そういったアカウントに風俗に興味のある女性からDMが届くからだという。そういう女性を自分のスカウトに紹介すれば、そこからバックが発生する場合がある。

歌舞伎町のスカウトという仕事について

風俗嬢の働き方は「出稼ぎ」と「通い」の2通り。通いは店舗に出勤し、こなした本数だけバックを得る。出稼ぎは短期(10日間など)で地方(といっても都内近郊)の店に出張し、店が用意した寮から出勤する。都内で通用するルックスの女性以外は地方(出稼ぎ)に回す。出稼ぎには保証がある。客がつかずに売上が少なくとも、一定金額が必ず給料として支払われる。客がつき嬢の手取りが保証額が上回れば完全歩合制に切り替わる。

保証額は1日5万円が相場。勤務日数は月10日間が相場のため、客がつかずとも50万円はもらえる。但し、1日12時間待機で無休。10日間の契約をして、前半の5日間でほとんど客がつかない場合、残りの5日もただ居るだけでいられるわけではない。店側も保証金を無駄にしないよう、常勤の嬢にお茶を引かせてでも、出稼ぎの嬢に客を当てる。

保証には「トータル保証」と「日割り保証」があり、トータル保証は契約期間を満了することが保証金発生条件となっている。それに対し日割り保証は日払いで保証金が支払われる。諸々の事情に明るい嬢は、出稼ぎの日割り保証の店を選ぶ。そしてのんびりしていられる前半5日などで店を辞め、後半の客を無理にあてがわれる期間を回避する。それでも月収25万円だからコスパがよい。このような女性ばかり出稼ぎに斡旋してしまうと、寄越したスカウトの信頼も地に落ちるため、スカウトは真面目に働くよう出稼ぎ中の風俗嬢のご機嫌取りも必要になる。

風俗嬢のバック率の相場は売上の50〜60%。スカウトの収入(スカウトバック)は風俗嬢の手取りで決まり、ヘルスで嬢の手取りの15〜25%。ソープで10〜15%。これが永久バック制で、女の子が店を辞めない限り永久にスカウトに支払われる。例えば、紹介した女の子が大衆ヘルス(1本2万円)で月10日、日に3本働けば、スカウトには4万5000〜7万5000円が入る。もし、そういった子が3人いれば13万5000〜22万5000円、5人なら22万5000〜37万5000円。

スカウトする女の子の基準は「身長 - 体重が100を切るとまず売れない。110からが許容範囲」なのだという。

スカウトが会社とやり取りする場合は「Signal」というメッセージアプリを用いる。テレグラムと同じく通信内容が暗号化されて安心なため。

路上における風俗店へのスカウトは、声をかけた時点で東京都迷惑防止条例違反となる。さらに、売春の仲介をしたと認められた場合、職業安定法違反または売春防止法違反ともなる。スカウトが逮捕される場合、私服警官による現行犯逮捕がほとんどで、女性警官がおとり捜査を行う場合もあるという。そのため、会社から警察に必ず言ってはいけないこと(容疑を迷惑防止条例違反に留めるためと、会社を守るため)を覚え、現行犯逮捕された時に喋るストーリーも、事前に暗記しておかなければならないという。

遺伝と平等 読書メモ

紹介文
遺伝とはくじ引きのようなもの――だが、生まれつきの違いを最先端の遺伝統計学で武器に換えれば、人生は変えられる。〈遺伝と学歴〉〈双子〉の研究をしてきた気鋭の米研究者が、科学と社会をビッグデータでつなぎ「新しい平等」を指向する、全米で話題の書。サイエンス翻訳の名手、青木薫さんも絶賛する、時代を変える一冊だ。

行動遺伝学の最新の知見を紹介した本。以下、印象深かった部分をメモ。本書ではアウトカムを成り行きと訳すことが多いが違和感が強い。結果と読み替えた方が自然に読める。

貧しい家の子は老いやすい

著者の研究室の調査によると、低所得で貧しい地域に育った子供は、8歳の時点で生物学的年齢の重ね方が早い科学的根拠有り。

「金持ちが天国に入るのは駱駝が針の穴を通るより難しいかもしれないが、金持ちには、裁きの日を先送りできるという慰めがある」

GWASとポリジェニックスコアとは

GWAS(Genome-Wide Association Study)は、多くの人々の遺伝子を調査し、遺伝子と特定の特徴や疾患との関連性を見つける研究手法。例えば、ある遺伝子が特定の病気のリスクを高める可能性があるかどうかを調べることができる。これには大規模なデータセットが必要で、数千、数十万、またはそれ以上の人々の遺伝子情報が必要。

ポリジェニックスコアは、複数の遺伝子座(遺伝子の位置)から得られた情報を組み合わせ、ある特定の特徴や疾患のリスクを評価する指数。これは、GWASの結果を元に計算され、個々の遺伝子の影響を合計することで得られる。

GWASは多くの遺伝子と特定の特徴や疾患の関連性を見つけるための研究方法であり、ポリジェニックスコアはその結果を使って個々人の特徴や疾患のリスクを評価する指数。

遺伝研究におけるヨーロッパ中心主義

現在のGWAS研究のほとんどは、遺伝的祖先がヨーロッパ系の人を対象に行われれた結果。そのまま別人種に当てはめられるわけではない。

自由や機会の無い悪平等の環境が最大の平等を生む

旧ソ連構成国は教育にも就職にも自由や競争が無かった。その後ソ連が崩壊し、誰もが学校や職業を選べるようなると競争原理が発生した。
エストニア旧ソ連構成国)には、エストニア・ゲノムセンターという全国民の大規模な遺伝子データベースを持つ施設がある。イギリスの遺伝学者達はそのサンプルを用い、ソ連の占領(共産主義)が終わった時点で10歳未満だった人達と、それ以外の人達について調査した。その結果、ソ連時代以後に教育を受けた人達は、そうでない人達と比べ、学歴ポリジェニックスコアで説明できる学歴の偏差が大きかった。つまり、選択も競争も無い環境では、遺伝子の影響は弱められる。反対に誰もが自由に教育(学校)も職業も選べる開かれた環境では、他の障害が無い分、個人の遺伝子の影響が強く顕在化する。

ちなみに、アメリカはチャンスの国(アメリカン・ドリーム)と思われているが、実は社会的流動性が低い国。これはセーフティーネットが脆弱だからで、そういった国では遺伝の影響は抑えられている(アメリカは27位、日本は15位)。共産主義国のように自由や機会が無い世界、貧困、差別、抑圧的な政策などが蔓延る最も望ましくない世界ほど、個人の遺伝子が生かされず、結果、平等になる。

Global Social Mobility Index - Wikipedia

遺伝子編集により人間を賢くするのは不可能

知能テストの成績や学歴などに関する遺伝的構造は複雑。小さな効果と未知のメカニズムを持つ、何千何万という遺伝的バリアントが絡む。さらにそういった遺伝的バリアントは、社会的に忌避される要素にも影響する。例えば学歴の高さに関連する遺伝的バリアントの多くは、統合失調症のリスクとも関連している。ゲノム編集によりIQを高めるのは、現時点で科学的に不可能。

国の介入が常に公平性を推進するとは限らない

公平を実現するための介入が、人々の遺伝的差異を増幅させることがある。タバコは健康を害するとして各国で規制や重課税が行われてきた。それにより1960年代以降、喫煙者は半減。だが、タバコへの課税による禁煙効果が、最も有効に作用したのは、タバコ依存症の遺伝的リスクが最低の人達だった。一方、タバコ依存症の遺伝的リスクが最高の人達は禁煙できず、健康被害と懲罰的なタバコ料金の二重の負担に苦しんだ。介入がマタイ効果(豊かな者はより豊かに、貧しい者はより貧しくなる)を生み格差を広げたという。

教育への介入はほとんど失敗している

教育の世界では様々な介入が行われてきたが、ほとんどは失敗。米国教育省の教育科学研究所(IES)が監修している、何が教育に有効かというオンライン情報サイトには、IESが実施したランダム化比較実験に関する報告がある。以下、引用。

「これらIESにより行われた研究の結果には、明確なパターンが認められる。評価の対象となった介入の大部分は、学校で普通に行われている実践と比べて、ほとんど、ないし全く効果が無かったということだ」

慈善組織ローラ&ジョン・アーノルド財団(現在はアーノルド・ベンチャーズ)による報告では、

「真に効果があることが明らかになった介入も僅かながらある。……しかし、そういう介入は、はるかに大きなプールを検証する過程で見つかった例外にすぎない。当初の研究では有望とみられていた介入まで含めて、介入の大半は、効果が小さいか、効果が全く無いことが明らかになった」

犯罪傾向にも遺伝が関係している

攻撃性や暴力性は遺伝子の影響があるという科学的根拠がある。子供時代に始まる行動障害、物理的攻撃性、冷酷さ、配慮の無さなどは、子供時代には高い遺伝率(80%より高い)を示す。

さらに、子供時代の衝動的行動や危険行動(ADHDの症状、多数の相手との性交、アルコール関連問題、マリファナ摂取など)についても、そういった遺伝的傾向を持つ人は、持たない人と比べ重罪を犯す可能性は4倍以上高く、投獄される可能性は約3倍高い。

最終学歴は誕生時のくじの結果

ある古典的研究では、誕生後すぐに引き離され別々の家庭で育った双子がいる。この双子の知能テストの得点差の平均は、1人の人物が知能テストを2度受けた時の得点差の平均とほぼ同じだった。さらに、一緒に育てられた一卵性双生児の人生を追跡すると、同じ両親のもと、同じ地域、同じ遺伝子を持って同時に人生を踏み出した人達が、異なる学歴を持つのは稀。大学入試でほぼ同じ得点を取り、最終学歴もかなりの程度まで同じ。

遺伝と環境、両方の影響があるにせよ、この2つを誕生時のくじ(遺伝くじと自然くじ)と捉えると、人生は誕生時のくじで多くが決まっており、人が自分の意思でどうにかなる領分(自己責任)は驚くほど小さい。

知能テストは人そのものの価値は測れない

知能テストは優生学推進者達により、人の生まれながらの価値を判断するもとのされた。それは人種差別的で階級差別主義的な社会を正当化する便利な言い訳。知能テストは、

「ある人物の価値を教えるものではないが、価値があるとされる何かを、その人が行えるかどうかなら教えてくれるのである」

正義を振りかざす「極端な人」の正体

内容(「BOOK」データベースより)
SNSでの誹謗中傷、不謹慎狩り、自粛警察、悪質クレーマー…奴らは何者か?「炎上はマスメディアが生み出す」「SNSは世論を反映しない」「炎上加担者はごく少数」など、データ分析から導き出された意外な真実。

読みながら以前読んだ「ネット炎上の研究: 誰があおり、どう対処するのか」との重複を感じたが、著者が同じ人物であった。本書はその続編のような内容。以下、本書の印象的な箇所をメモ。

ネットにサイレント・マジョリティの意見はない

ネットは「発信したい人しかいない」という特徴があり、これが「極端な人ばかり」にしてしまう。新聞やテレビの世論調査は無作為に回答者を選び、発信・主張したい人以外の意見も反映するため、より実態に近い結果が出る。

ネット世論の半分は少数派の意見

20〜60代の男女3,000名を対象に、憲法改正に関するアンケート調査を行った。選択肢は「非常に賛成」から「絶対に反対である」の7段階で実施。この調査方法は「聞かれたから答えている人」を含む調査方法(調査A)。
続けてツイッターフェイスブック(現メタ)などのSNSで、それぞれの意見の持ち主が憲法改正について投稿した回数を調査し、人数と掛け合わせることで意見分布を調査した。この調査方法はSNSで発信した回数のため「発信したい人」だけしか含まない(調査B)。
結果は、調査Aでは両極端の意見(「非常に賛成」と「絶対に反対」)が7%ずつと最も少ない山型なのに対し、調査Bでは「非常に賛成」が29%、「絶対に反対」が17%の谷型で合計46%となる。ネット世論は、声の大きい少数派(ノイジー・マイノリティ)の意見が半分近くを占めている。
ネット世論は社会(の世論)の縮図ではない。結果が谷型になりやすいのはネットの口コミ(レビュー)も同じだった。

集団極性化

同じ意見の人ばかりで話していると、集団極性化が起こると言われている。集団極性化とは、ネット普及以前から心理学の分野で立証済みの現象。集団で討議した結果、討議前の各個人の意見より先鋭化した決定がなされること。

実名にしても大した効果は無い

ネット上で攻撃的な意見や極端な人が現れやすい理由の一つとして、よく匿名性が挙げられるが、その影響は限定的という指摘がある。韓国ではインターネット実名制が導入された。東京大学(論文公表時)の柳文珠氏の実証研究によると、制度導入前後で通常の掲示物数は大幅に減少していた一方、誹謗中傷的な掲示物の割合は少し減るケースもあったが、サービスによってはほぼ変化なしだった。さらに、大韓民国放送通信委員会の報告では、悪意ある書き込みの割合は13.9%から13.0%と僅かな減少にとどまった。つまり、全体の表現は大幅に減少したが、誹謗中傷的な表現は微減でしかなかった。
ちなみに、同制度は2012年に違憲判決が出され廃止済み。
他にも、甲南女子大学助教の時岡良太氏の、Lineを対象とした研究でも攻撃性の増加が確認された。Lineは実名で知った者同士でやり取りするのが基本。

怒りの投稿は拡散されやすい

北京航空航天大学の研究チームが、ウェイボーを分析した結果、怒りの感情を伴う投稿が最も拡散しやすいと判明(次点で楽しい感情、悲しみや嫌悪は広まりやすい傾向なし)。さらに、東京大学准教授の鳥海不二夫氏が、新型コロナウイルスに関する1億2,000万件の投稿を、10種類の感情に分けて分析した結果、怒りの感情が最も拡散しやすく、安心や好きなどポジティブな感情は拡散し難かった。

真実より嘘は早く伝わる

ネットにおいてフェイクニュースは真実より拡散しやすい。北京航空航天大学の研究では、怒りの感情を伴ったフェイクニュースは真実のニュースの3倍流通していた。マサチューセッツ工科大学のソローシュ・ボスギ助教が10万件のツイートを分析した結果、真実が1,500人にリーチするには、フェイクニュースより約6倍の時間が掛かる、フェイクニュースの方が70%も拡散しやすいと明らかになった。
フェイクニュースは人々の怒りを誘うような内容にして、拡散を狙ってくるため用心が必要。

炎上の拡大はネットよりマスメディアが原因

最も炎上を深刻化させるのはネットメディではなく、テレビなどのマスメディア。帝京大学准教授の吉野ヒロ子氏による分析の結果、炎上を知る経路の最多はテレビのバラエティ番組の58.8%。一方、ツイッター(現X)は23.2%に留まる。炎上はネットで発生するが、それをマスメディアが拡散させている。

作られる炎上

マスメディアはありもしない炎上を作り出している。東京大学准教授の鳥海不二夫氏は「非実在型炎上」と呼び警鐘を鳴らす。
2020年4月7日の朝日新聞で「#東京脱出※1」というハッシュタグが拡散されていると報じられた。しかし、ツイッターを分析すると、#東京脱出というハッシュタグは4月7日の記事配信から、朝日新聞の公式ツイッターアカウントで通知されるまで28件しか投稿・拡散されていなかった。その一方、記事配信後たった1日で1万5,000件以上の投稿・拡散が起こった。
さらに、2020年4月26日放送のアニメサザエさんでは、磯野家がGWにレジャーに行く計画を立てたり、動物園を訪れる内容が流された。これに対し「外出自粛の中、GWで旅行に出かける内容のサザエさんは不謹慎だ」という炎上が起きていると報じられた。最初に報じたのはデイリースポーツで、そのニュースに対しフィクションに対し馬鹿げていると批判が起きた。しかし、前述の鳥海氏がツイートを分析した結果、当該放送のサザエさんが放送されてから、最初にメディアに取り上げられるまでの数時間で、不謹慎だと批判していた人は11人しかいなかった。ヤフーリアルタイム検索で調べたツイート数推移でも「サザエ 不謹慎」を含むツイートは報道されてから急増、その後、インフルエンサーに言及されたことで瞬く間に広まっていった。
※1、東京で感染が拡大し、緊急事態宣言が出されて外出が難しくなる前に地方に脱出しようと、呼びかけるハッシュタグ。このような行為は地方にウイルスを運び、新たなクラスターを生む恐れがあり問題だ、というのが記事の主旨。

一番炎上するのは一般人

最も炎上の対象になるのは一般人。著者がNHKリツイート数が1,000以上の大規模炎上を分析した結果、最多の被害者は一般人(27.6%)、次いで政治家・自治体(20.8%)、企業・営利団体(19.0%)だった。さらに、リツイート回数の平均値も、一般人が炎上した場合が1万8,000回で最多。次いで企業の1万1,000回。

ネット右翼は低学歴の引きこもりでもない

ネット右翼は低学歴で引きこもりというのは間違い。評論家の古谷経衡氏の1,000人規模の調査では、最終学歴は4年制文系学部出身者が4割近くで最多、大学在学経験者が6割以上を占めた。平均年収は451万円で、民間給与調査の平均を40万円上回っていた。
大阪大学准教授の辻大介氏の研究では、ネット利用時間が長い傾向あり、年齢に特別な傾向なし、男性が多い。どちらかといえば年収800万円以上のクラスで比率が高かった。
著者と慶應義塾大学教授の田中辰雄氏は、ネット炎上に対しどのような行動を取ったかを調査し※2、どういった特徴を持つと参加しやすいのか分析した。その結果、「男性」「年収が高い」「主任・係長クラス以上」という属性が炎上に参加しやすいと出た。細かく見ていくと、全体で炎上参加者の7割が男性。平均世帯年収は670万円(非炎上参加者は590万円)。肩書は主任・係長クラス以上(31%)、一般社員(30%)、無職・主婦・バイト(30%)、個人事業主・店主(9%)。
著者は炎上参加者の属性は、クレーマーの属性と似ていると指摘。
※2、2014年に20〜69歳の男女約2万人、2016年に同じく20〜69歳の男女約4万人を対象としたアンケート調査。

オーバーブロッキング問題

近年は権威主義国家だけでなく、民主主義国家でもSNSのサービス事業者に対し、強い義務(誹謗中傷の監視や削除義務)を課す流れになっている。特にドイツのネットワーク執行法(NetzDG)は最も厳しいと言われ、「侮辱などの違法な内容がある」とユーザーから報告された場合、サービス事業者は直ちに違法性を審査し、違法と判断されれば24時間以内の削除が定められている。対応が不十分と見なされると最高5,000万ユーロ(1ユーロ=150円なら75億円)までの過料となる。
このような強い義務はオーバーブロッキングとして問題視されている。SNSは様々な国で展開されており、一企業の社員が24時間以内に、場合によっては外国人がその国の法律を理解・解釈して、違法性を検証しなければならない。多額の罰金リスクを抱えるサービス事業者は事なかれ主義に陥り、すぐ削除する誘引を持ってしまう。2018年のEUによる調査結果では、ドイツにおいてヘイトスピーチに関する内容で削除された割合は100%に達した。EU全体でも70%と高く、欧州委員のベラ・ヨウロバ氏は「ドイツの法律の抑止効果は機能しているが、もしかしたらよく機能しすぎるかもしれない」と述べている。

ネットスーパーを使うと食費が安くなる不思議

ネットスーパー

日頃、食料品や日用品の購入にネットスーパーを使っている。コロナ禍で利用し始めた人も多いだろう、出不精の私は以前から利用していた。ネットスーパーのネックが送料だ。私の使う地元のネットスーパーは送料500円程度。外出せずに済む代償として、食費が若干高くなるのは諦めていた。

だがある時気づいた。送料が掛かるのにネットスーパーを使うと食費が安くなる。なぜ、こんな不思議なことが起きるのか。考えるに以下の理由と思われる。

目移りして余計な物を買うことがない

実店舗には様々な商品があり、どうしても目移りし購入予定でない物まで買ってしまうものだ。

購入前の考える時間がたっぷりある

本当に必要か考える時間がたっぷりある。誰しも必要と思い買ったが無駄だった、冷蔵庫で腐らせてしまった経験はあるだろう。

購入回数が少ない

私は月2回ネットスーパーを利用する。回数が多いと送料が嵩むからだ。買い物の回数が多いほど、余計な物を買う可能性は高まる。実店舗に行っていた頃は週2、3回通っていた。



わざわざ外出する必要がなく、月の食費も安くなるならネットスーパーを使わない理由はない。だが、スーパー側からすると悪夢かもしれない。

以前、実店舗で紙を片手に商品をカゴに入れる店員を見た。あれはネットスーパーの注文だろう。普通は客が自分で商品を取り、レジに持って行き精算してくれる。それと比べネットスーパーは店に掛かる負担が大きい。さらに月の購入金額が下がるなら、ネットスーパー事業なんてすぐ止めたいが店側の本音だろう。送料にしてもたかが数百円で元は取れないはずだ。

ネットスーパーの利用数は増え続ける。まず楽だし、外出しにくい高齢者も増える。競争が激化すれば送料も無料になるだろう。現在、どこの会社もネットスーパー事業で儲かっているように見えない。今後を見据え、赤字覚悟の先行投資ということなのか。

今は既存店舗を利用して注文に対応しているが、ネットスーパー専門の施設とシステムを作らないと、黒字化は難しいのではないか。

無人販売の悪質性

最近、無人餃子店が話題になる。美味しくて人気であると同時に窃盗被害が多発しているからだ。私は無人販売という販売形態が嫌いだ。本来、店が行わなければならない防犯費用を、優良客や警察(ひいては納税者)に押し付けている。さらに犯罪教唆していると思えてならない。

news.yahoo.co.jp

まず第一に優良客に負担を押して付けている点だ。盗まれる以上、被害金額というコストが発生している。当然、店は料金に上乗せするから、防犯対策をカットした結果、発生したコストは、正しくお金を払って買う客に押し付けられている。

第二に納税者に負担を押し付けている点だ。盗まれても何もしなければ窃盗犯が押し寄せて店は潰れるだろう。盗まれたら店は警察を呼び犯人を捜索、逮捕させる。警察機関は税金で運営されるから、活動すれば資金を消費するし、その店の事件のせいで別の何かが後回しにもなるだろう。これは納税者に防犯コストを押し付けているのだし、地域の警察により達成されるもの(例えば治安維持など)に負担をかけている。

第三は犯罪を誘発する点だ。盗みを働いた人は日本人の貧困層だったり、帰国前の外国人留学生だったりする。彼らは無人店舗という防犯を放棄した店がなければ、犯罪に手を染めなかったかもしれない。全員がそうだとは言わないが何割かは諦めたのではないか。無人店舗という形態は、犯罪者予備軍に犯罪実行の誘引を与え、本来なら犯罪者にならずに済んだ人を犯罪者に仕立てるのだ。

商品を盗まれた以上、店側は被害者だが、やるべき防犯対策も講じなかったのだから彼らを100%被害者扱いするのは間違いだ。

こうした無責任業態が普及するのは好ましくないが心配することもない。日本は今後貧しくなり、移民も増えて治安は悪化するだろうが、まだ他国と比べれば治安はよい。無人販売は、この端境期に現れて消えていく泡沫商売だからだ。

野次る権利より安い政治家の命

安倍元総理がテロリストによって殺害された。多くの人は政治家が殺されるなんて昔の話であり、犬養毅暗殺事件以来だと思うかも知れない。だが、振り返れば2002年に民主党議員だった石井紘基衆院議員が自宅前で刺し殺される事件があったし、2007年には長崎市伊藤一長市長が選挙中に銃撃されて死亡している。ほんの20年の間に日本では政治家殺害が2件も起きているのだ。

2019年に以下の裁判があった。

北海道警のヤジ排除「表現の自由侵害」  道に賠償命令 札幌地裁

札幌市で演説中の安倍晋三総理(当時)に近づき野次を飛ばした男女が、警備担当の警察に排除されたのを不服として訴えた裁判だ。この地裁裁判官は男女の訴えを認め、警察官の行為を表現の自由を侵害しており違法と認定した。

この判決は警備担当者に萎縮効果をもたらしたろう。はっきり違法と認定されたのだから聴衆が近寄ってきても迂闊に排除は出来ない。前述したが、日本は今以て政治家が暴漢に殺害される国である。ここ最近の事例を見てもそれは分かるのに、なぜこんな判決が出たのだろうか。結局、全ての人が平和ボケしていたのだ。

国会を見ても分かるが野次なんて議論を深めたりしない。他人の演説を妨害し気に入らない人間から主張の機会を奪う。相手の主張が気に入らないのなら野次ではなく投票で示せばいい。野次による最大の被害者は各候補者の主張を聞き、投票によって賛否を示す機会を妨害されるまともな有権者である。