dellblorin日記

袖擦り合うも他生の縁

2030年:すべてが「加速」する世界に備えよ 読書メモ


「2030年:すべてが「加速」する世界に備えよ」は、テクノロジーの発展で2030年までに実現する社会変化を列挙している。この中で実現可能性のありそうな気になった点を抜粋してみる。

自動運転により通勤が苦痛でなくなる

寝ている間に通勤したり、車内で飲酒しながらエンタメを享受することもできる。これにより長時間通勤が許容され、より広く土地代が安い郊外に住む人が多くなる。本書ではそのような未来が描かれるが、新型コロナウイルスの出現でリモートワークが普及し、通勤自体減少していくのかもしれない。

記事はAIが書く

既にナラティブ・サイエンス社のAIが人間の手を一切借りずに、雑誌に掲載可能なレベルの記事を作成している。アメリカではフォーブスは企業レポートを書かせているし、何十という日刊紙が野球(マイナーリーグ)の記事を書いているという。

3Dプリンターの飛躍的発展

現在でも金属、ゴム、プラスチック、ガラス、コンクリート、細胞、皮革、チョコレートなどの有機材料など数百種類の材料をフルカラーで印刷できる。プリントできる製品もジェットエンジン、マンション、基盤回路、義肢、人工臓器と高度化している。
3Dプリンターの進化で在庫とそれに伴うコストが消滅する。印刷用の材料とプリンターを置くスペース以外に必要なものはなくなり、製造業は窮地に立たされる。サプライチェーンは消え、製造過程のゴミが消え、交換部品が消え、商品のデザインは消費者が行うよになる。読んでいていずれ人間もプリントする時代が来るのではと考えてしまう。

遺伝子編集技術の高速化

既に存在する遺伝子の部分的交換(ゲノム・シークエンシング)が高速化する。
今まで治療不可能だった難病も、遺伝子の特定部分を切除したり書き換えたりする技術(CRISPR)で治療することが出来る。

フェイク技術の進歩

今の音声合成技術でも極僅かなデータから本人の声を再現できる。30個の文や3分の動画があれば十分。百度の技術なら3. 7秒の音声サンプルが10個あれば音声認識システムのトレーニングは95%の確率で成功し、5秒の音声サンプルが100個あればほぼ100%成功する。
映像のフェイクであるディープフェイクは現在の技術でも人間では判別不可能な映像を作れるほどレベルが上がっている。人と人を合成するにはかつては複数のセンサーやカメラが必要だったが、今はスマホのカメラだけでよい。
ディープフェイクはエンタメの世界を変える。死者が蘇る。既に鬼籍に入った過去の有名人の新作映画が作られ、存命中の老齢芸能人が若かりし頃の姿でドラマに出演する。10年でそうなるかは分からないが、20年もあれば確実に以下の以下のようになるのではないか。

休日の朝に起きる。AIに曲をかけてと言えばたった今作られた曲がBGMとして流れる。気に入らなければまた新たに作曲してもらい、おおまかなイメージを伝えればそれに合致した曲が作られる。
映画が見たい時は推理物で銃撃戦はいらないけどカーチェイスは欲しいといえば、その通りの作品が作られる。好きな俳優の何々を登場させたり、全くの架空人物だけで構成することも可能で、途中から展開をリクエストすると動的にストーリーは変化する。ちなみに登場人物が気に入ればそれを別のポルノ作品に出演させることも可能だ。
作品が面白ければお気に入りとして保存できるし、つまらなければ削除(使い捨て)になる。好きな作品はオンライン上にアップロードして公開することも出来るし、他人のお気に入り作品を楽しむことも出来る。
音楽も小説も漫画も映画もゲームもポルノも、有りとあらゆるエンタメが即時的に制作され、ほとんどは使い捨てられていく。

広告業界を脅かす

AIは所有者以上に所有者の嗜好を理解するようになり、インターネット上の膨大な情報を取得整理し所有者にとって最適な物を購入する。人間は欲しい物を一般名詞で伝えればAIが最適な商品を選び購入してくれるし、日用品は無くなる前に事前に購入するようになる。これにより広告が意味を成さなくなる。テレビコマーシャルを流してもAIはテレビ自体見ない。

垂直農法の普及

広大な農地ではなく高層ビル内で食料を育てる垂直農法により、真の地産地消が実現する。垂直農法は従来の農業の様々な問題を解決する。食品の移動時間がなくなる、完全閉鎖型の環境で栽培されるため殺虫剤がいらなくなる、水の使用量も減る。水は従来の農法と比べて90%も抑えられる。さらに屋外の農地と比べて収穫量は350倍、水の使用量は1%以下。

培養肉の普及

培養肉は環境に優しい。通常の肉に比べて土地の使用量は99%、水の使用量は82~96%、温室効果ガスの排出量は78~96%抑えられる。電気の使用量は肉の種類によって7~45%削減可能。
さらに新たな病気の70%は家畜から発生するため、パンデミックのリスクを抑えられる。
肉だけではなく牛乳についても研究されており、牛を一切使わずチーズを生産する方法も開発済み。

ブレイン・コンピュータ・インターフェース(BCI)の登場

BCIは脳に直接アクセスして脳と脳を接続する。脳波図(EEG)センサーを使い、頭皮から脳波を読み取って手を使わず物を制御できるようになる。すでにゲームの世界で始まっている。
30年までには実現しないと注釈した上で紹介されていたのがブレインネット。参加者の脳と脳を接続したブレイン・トゥ・ブレイン・コミュニケーション・ネットワーク。脳波図を使い脳のシグナルを読み、経頭蓋磁器刺激(TMS)を使って脳シグナルを書く。被験者は相互に接続した状態でテトリス風ゲームをプレイしたという。ゲームに限らずあらゆるエンタメに消費者の脳に合わせて内容をカスタマイズするエンタメが現れる。
テレパシーは既に実現済み。2014年ハーバード大学の研究チームが、インターネットを通じて脳から脳へ言葉を送った(フランスからインド)。これがブレイン・トゥ・ブレイン・コミュニケーション。EEGヘッドセットで読み取った脳シグナルを、接続しているインターネット経由で送信し、受け手はTMSで脳に弱い磁器パルスを送信。被験者達は思考を伝え合うまでには至らなかったがメッセージに相当する光の点滅を正確に読み取った。
さらに個人の意識がクラウドに移行するという。自分の脳をクラウドに接続することで、私達の処理能力と記憶能力が大幅に高まる。理論上はインターネットに繋がる地球上のあらゆる頭脳にアクセスできるようになる。世界中の人間の脳がネットワークで繋がることでメタ知能が生まれる。メタ知能により未来は想像を越えて加速する。それは恐らく100年後だろうと本書は予測。

内容はかなり楽観的でテクノロジー進歩の負の側面はほとんど触れていない。ちょっと非現実的な予測も多く、訳者のあとがきにも以下の一節がある。

「「未来予測」というジャンルには悪書も多い。間違った予測を吹聴することで負うデメリットが少ない論者が、とにかく世間の人びとが想像しにくい未来を衝撃的に語り、そうした予測が10回中1回でも当たれば有名になる、という歪んだ構造がある」

昔、アルファブロガーに関して批判的な記事を書いたことがあるがそれと同じだ。本書が悪書かは分からないが、現状のテクノロジーを鳥瞰するには手軽な一冊だと思う。