dellblorin日記

袖擦り合うも他生の縁

正義を振りかざす「極端な人」の正体

内容(「BOOK」データベースより)
SNSでの誹謗中傷、不謹慎狩り、自粛警察、悪質クレーマー…奴らは何者か?「炎上はマスメディアが生み出す」「SNSは世論を反映しない」「炎上加担者はごく少数」など、データ分析から導き出された意外な真実。

読みながら以前読んだ「ネット炎上の研究: 誰があおり、どう対処するのか」との重複を感じたが、著者が同じ人物であった。本書はその続編のような内容。以下、本書の印象的な箇所をメモ。

ネットにサイレント・マジョリティの意見はない

ネットは「発信したい人しかいない」という特徴があり、これが「極端な人ばかり」にしてしまう。新聞やテレビの世論調査は無作為に回答者を選び、発信・主張したい人以外の意見も反映するため、より実態に近い結果が出る。

ネット世論の半分は少数派の意見

20〜60代の男女3,000名を対象に、憲法改正に関するアンケート調査を行った。選択肢は「非常に賛成」から「絶対に反対である」の7段階で実施。この調査方法は「聞かれたから答えている人」を含む調査方法(調査A)。
続けてツイッターフェイスブック(現メタ)などのSNSで、それぞれの意見の持ち主が憲法改正について投稿した回数を調査し、人数と掛け合わせることで意見分布を調査した。この調査方法はSNSで発信した回数のため「発信したい人」だけしか含まない(調査B)。
結果は、調査Aでは両極端の意見(「非常に賛成」と「絶対に反対」)が7%ずつと最も少ない山型なのに対し、調査Bでは「非常に賛成」が29%、「絶対に反対」が17%の谷型で合計46%となる。ネット世論は、声の大きい少数派(ノイジー・マイノリティ)の意見が半分近くを占めている。
ネット世論は社会(の世論)の縮図ではない。結果が谷型になりやすいのはネットの口コミ(レビュー)も同じだった。

集団極性化

同じ意見の人ばかりで話していると、集団極性化が起こると言われている。集団極性化とは、ネット普及以前から心理学の分野で立証済みの現象。集団で討議した結果、討議前の各個人の意見より先鋭化した決定がなされること。

実名にしても大した効果は無い

ネット上で攻撃的な意見や極端な人が現れやすい理由の一つとして、よく匿名性が挙げられるが、その影響は限定的という指摘がある。韓国ではインターネット実名制が導入された。東京大学(論文公表時)の柳文珠氏の実証研究によると、制度導入前後で通常の掲示物数は大幅に減少していた一方、誹謗中傷的な掲示物の割合は少し減るケースもあったが、サービスによってはほぼ変化なしだった。さらに、大韓民国放送通信委員会の報告では、悪意ある書き込みの割合は13.9%から13.0%と僅かな減少にとどまった。つまり、全体の表現は大幅に減少したが、誹謗中傷的な表現は微減でしかなかった。
ちなみに、同制度は2012年に違憲判決が出され廃止済み。
他にも、甲南女子大学助教の時岡良太氏の、Lineを対象とした研究でも攻撃性の増加が確認された。Lineは実名で知った者同士でやり取りするのが基本。

怒りの投稿は拡散されやすい

北京航空航天大学の研究チームが、ウェイボーを分析した結果、怒りの感情を伴う投稿が最も拡散しやすいと判明(次点で楽しい感情、悲しみや嫌悪は広まりやすい傾向なし)。さらに、東京大学准教授の鳥海不二夫氏が、新型コロナウイルスに関する1億2,000万件の投稿を、10種類の感情に分けて分析した結果、怒りの感情が最も拡散しやすく、安心や好きなどポジティブな感情は拡散し難かった。

真実より嘘は早く伝わる

ネットにおいてフェイクニュースは真実より拡散しやすい。北京航空航天大学の研究では、怒りの感情を伴ったフェイクニュースは真実のニュースの3倍流通していた。マサチューセッツ工科大学のソローシュ・ボスギ助教が10万件のツイートを分析した結果、真実が1,500人にリーチするには、フェイクニュースより約6倍の時間が掛かる、フェイクニュースの方が70%も拡散しやすいと明らかになった。
フェイクニュースは人々の怒りを誘うような内容にして、拡散を狙ってくるため用心が必要。

炎上の拡大はネットよりマスメディアが原因

最も炎上を深刻化させるのはネットメディではなく、テレビなどのマスメディア。帝京大学准教授の吉野ヒロ子氏による分析の結果、炎上を知る経路の最多はテレビのバラエティ番組の58.8%。一方、ツイッター(現X)は23.2%に留まる。炎上はネットで発生するが、それをマスメディアが拡散させている。

作られる炎上

マスメディアはありもしない炎上を作り出している。東京大学准教授の鳥海不二夫氏は「非実在型炎上」と呼び警鐘を鳴らす。
2020年4月7日の朝日新聞で「#東京脱出※1」というハッシュタグが拡散されていると報じられた。しかし、ツイッターを分析すると、#東京脱出というハッシュタグは4月7日の記事配信から、朝日新聞の公式ツイッターアカウントで通知されるまで28件しか投稿・拡散されていなかった。その一方、記事配信後たった1日で1万5,000件以上の投稿・拡散が起こった。
さらに、2020年4月26日放送のアニメサザエさんでは、磯野家がGWにレジャーに行く計画を立てたり、動物園を訪れる内容が流された。これに対し「外出自粛の中、GWで旅行に出かける内容のサザエさんは不謹慎だ」という炎上が起きていると報じられた。最初に報じたのはデイリースポーツで、そのニュースに対しフィクションに対し馬鹿げていると批判が起きた。しかし、前述の鳥海氏がツイートを分析した結果、当該放送のサザエさんが放送されてから、最初にメディアに取り上げられるまでの数時間で、不謹慎だと批判していた人は11人しかいなかった。ヤフーリアルタイム検索で調べたツイート数推移でも「サザエ 不謹慎」を含むツイートは報道されてから急増、その後、インフルエンサーに言及されたことで瞬く間に広まっていった。
※1、東京で感染が拡大し、緊急事態宣言が出されて外出が難しくなる前に地方に脱出しようと、呼びかけるハッシュタグ。このような行為は地方にウイルスを運び、新たなクラスターを生む恐れがあり問題だ、というのが記事の主旨。

一番炎上するのは一般人

最も炎上の対象になるのは一般人。著者がNHKリツイート数が1,000以上の大規模炎上を分析した結果、最多の被害者は一般人(27.6%)、次いで政治家・自治体(20.8%)、企業・営利団体(19.0%)だった。さらに、リツイート回数の平均値も、一般人が炎上した場合が1万8,000回で最多。次いで企業の1万1,000回。

ネット右翼は低学歴の引きこもりでもない

ネット右翼は低学歴で引きこもりというのは間違い。評論家の古谷経衡氏の1,000人規模の調査では、最終学歴は4年制文系学部出身者が4割近くで最多、大学在学経験者が6割以上を占めた。平均年収は451万円で、民間給与調査の平均を40万円上回っていた。
大阪大学准教授の辻大介氏の研究では、ネット利用時間が長い傾向あり、年齢に特別な傾向なし、男性が多い。どちらかといえば年収800万円以上のクラスで比率が高かった。
著者と慶應義塾大学教授の田中辰雄氏は、ネット炎上に対しどのような行動を取ったかを調査し※2、どういった特徴を持つと参加しやすいのか分析した。その結果、「男性」「年収が高い」「主任・係長クラス以上」という属性が炎上に参加しやすいと出た。細かく見ていくと、全体で炎上参加者の7割が男性。平均世帯年収は670万円(非炎上参加者は590万円)。肩書は主任・係長クラス以上(31%)、一般社員(30%)、無職・主婦・バイト(30%)、個人事業主・店主(9%)。
著者は炎上参加者の属性は、クレーマーの属性と似ていると指摘。
※2、2014年に20〜69歳の男女約2万人、2016年に同じく20〜69歳の男女約4万人を対象としたアンケート調査。

オーバーブロッキング問題

近年は権威主義国家だけでなく、民主主義国家でもSNSのサービス事業者に対し、強い義務(誹謗中傷の監視や削除義務)を課す流れになっている。特にドイツのネットワーク執行法(NetzDG)は最も厳しいと言われ、「侮辱などの違法な内容がある」とユーザーから報告された場合、サービス事業者は直ちに違法性を審査し、違法と判断されれば24時間以内の削除が定められている。対応が不十分と見なされると最高5,000万ユーロ(1ユーロ=150円なら75億円)までの過料となる。
このような強い義務はオーバーブロッキングとして問題視されている。SNSは様々な国で展開されており、一企業の社員が24時間以内に、場合によっては外国人がその国の法律を理解・解釈して、違法性を検証しなければならない。多額の罰金リスクを抱えるサービス事業者は事なかれ主義に陥り、すぐ削除する誘引を持ってしまう。2018年のEUによる調査結果では、ドイツにおいてヘイトスピーチに関する内容で削除された割合は100%に達した。EU全体でも70%と高く、欧州委員のベラ・ヨウロバ氏は「ドイツの法律の抑止効果は機能しているが、もしかしたらよく機能しすぎるかもしれない」と述べている。